マンドゥ・ディアオ(Mando Diao)

2000年代のスウェーデン発のインディ・ロックバンドの国際的な成功には目を見張るものがあったが、その中でも日本にまでも名前が轟くビッグネームとなったのが、自然豊かなスウェーデンの湖水地方、ダーラナ出身のマンドゥ・ディアオ(Mando Diao)だ。バトラー(Butler)という名でバンドを組んでいた初期の2人のメンバー構成から、現在のメンバーがそろった1999年には、より本格的にアーティストとしての活動を始動。そしてメンバーであるビョーン・ディクスゴード(Björn Dixgård)の夢に出てきたという、マンドゥ・ディアオというフレーズをそのままバンド名に採用し、そこから地元ボーレンゲ市(Borlänge)でのライブなどを通して、その名が地元メディアで広がった。その後EMIとのレコード契約にこぎ着け2002年にリリースしたデビュー・アルバム、「Bring ’em In」はスウェーデンではTOP5、日本でもゴールドディスクに認定されるなどスウェーデンのインディ・ロックバンドの草分け的存在となる。

メンバー全員がビートルズ・ファンを公言するなど、60年代のブリティッシュ・ロックから派生するガレージ・ロックの要素を強く取り入れたラフなサウンドは、2000年代のストロークス(The Strokes)やホワイト・ストライプス(The White Stripes)などの新世代のガレージ・ロックバンドの世界的な人気の追い風を受け、北ヨーロッパのインディ・ロックファンの間でも知られるようになり、セカンド、サードアルバム「Hurricane Bar」、「Ode To Ochrasy」はスウェーデン以外のヨーロッパ各国でも注目を集める。そして、よりキャッチーでダンサブルなサウンドへの切り替えを測った5枚目のアルバム、「Give Me Fire」はドイツ、オーストリア、スイスでアルバムチャート1位を獲得。パーカッションやドラム、ベースに重点を置いたこのアルバムからリリースされ、バンドの代表曲となった「Dance With Somebody」はヨーロッパ各国のラジオの常連となる。

そして新境地を開拓すべくスウェーデン語で2012年にリリースされたカントリー調のアルバム、「Infruset」は母国スウェーデンで初となるアルバムチャート第1位を獲得。このアルバムは2011年にボーカルのグスタフ・ノレーン(Gustaf Norèn)が、スウェーデンの著名な詩人グスタフ・フレーディン(Gustaf Fröding)の没100年を記念して、フレーディンの詞に曲を付けたものだ。彼の描いた自然豊かなスウェーデンの風景や、人生の苦悩や喜びなどの情景を、100年経った現在、マンドゥ・ディアオがメランコリックなアコースティックギター中心のサウンドで表現する。このアルバムを引っさげ、2013年夏にはスウェーデン国内でのコンサート・ツアーを実施。そんな多彩なサウンドでファン層を広げるマンドゥ・ディアオ、次作ではどういった展開を見せてくれるのだろうか。

(Text: Yoshihiro Takahashi)

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